離島ロービジョン相談に出かけた。6名の方とお出会いすることができたが、一番若い人で60歳だった。その方たちは、島の交通機関の不便さを押して参加してくださったのだが、いったいどれほどの人が参加をあきらめざるを得なかったか。とりわけ、60歳のベーチェット病の方は、生業が大工で、すでに子どもに譲っているものの、まだまだ様々な可能性があるのに、地域の眼差しが気になり、率直に生き切れないその現実を後ろ姿で
見せてくれていた。押入れの改造をしたり、手仕事をとても大切にしている。船を所有していて、甥に連れ出してもらって海釣りをする。ただ、人的パワーがないため、思いのままに生きることができない。いや、むしろ、地域の好奇な眼差しから身を守るために、敢えて、何もできない視覚障碍者を演じている。もっと、地域の中に社会資源があれば、同じ日本人として、生き生きとできるはずだ。一日3便のバスしか走っていない状況の中で、あなたのできることをしましょうよと言う言葉はとても虚しい。改めて、システムや方策を考えるのだ。